土木工事の歴史にはドラマがあります。不可能を可能にしてきた先人たちは、現代の技術よりはるかに劣る技術だけで、想像を絶する苦難を乗り越えて偉業を成し遂げてきました。
今回は、日本の土木史に燦然と輝く2人の人物を紹介します。

古市公威（ふるいちこうい）さん

土木の歴史に興味を持った人が最初に出会う人は古市公威さん（1854～1934）でしょう。江戸時代に生まれ、15歳のときに明治維新がありました。
土木学会の初代会長で、日本初の工学博士です。32歳で帝国大学工科大学（現、東京大学工学部）の初代学長になりました。

これだけ聞くと「過去の偉い人」と感じるかもしれませんが、そうではありません。古市さんが工事監督を務め、オランダ人技師G.A.エッセルが設計した、福井県坂井市三国町宿の三国港突堤（明治15年、1882年完成）は、いまも九頭竜川の河口を守っています。

古市さんは辛酸も舐めています。
札幌市を流れる豊平川はいまでこそ市民の憩いの場になっていますが、明治時代は氾濫を繰り返し、市街地を幾度となく飲み込んできました。
古市さんたちは2キロに及ぶ堤防と護岸、水門をつくる計画を練り、1884年に完成しました。
しかし1889年に決壊してしまいました。当時の技術と建設機械では豊平川に勝てなかったのです。
でもそれでいいのです。いまでも自然に100％勝てる土木技術は開発されていません。だから古市さんたちが作成した「豊平川水害防御計画図面」は日本最古級の河川改修平面図で、国の重要文化財になっています。

徳川家康

世界最大級の都市東京とその周辺の東京圏の土木史を語るうえで忘れてならないのは徳川家康（1543～1616）です。

土木工事は「つくる人」も凄いのですが、「決める人」もすごいのです。
最も大きな土木工事は公共事業です。公共事業は、多額の税金を使うため、誰かが、どこに、どのような土木工事を行うか決めなければなりません。現代は国会と内閣と役所でそれらを決めています。

江戸時代は武将が決めていました。インフラ整備の重要性をしっかり理解している武将が治めていた地域の土木工事は、現代にも残っています。そして家康が治めていた東京と東京圏の土木工事の多くも21世紀現在、現役です。

家康は豊臣秀吉に「転勤」を命じられて、当時「ド田舎」だったいまの東京に「引っ越し」ました。家康の引っ越し先の「住居」は江戸城、つまりいまの皇居です。
当時の武将は自身の力を誇示するため住居を豪華絢爛にしていましたが、家康は江戸城の改修は最小限にとどめ、「住民」のための土木工事に「予算」を使いました。

家康は千葉県から塩を運ぶため、隅田川と中川を運河「小名木川堀」で結びました。運河はいわば人工の河川なので、大量の土砂が発生します。家康はそれを使って埋立地をつくりました。
また家康は「町割」という「都市計画」づくりも行いました。地域を商業地や住宅地にわけ、住民を住宅地に移住させたのです。さらに荒川に千住大橋をかけたり、神田上水という水道整備をしたりしました。
これらはすべて、現代の土木工事とまったく同じ考え方で行われました。その考えとは「住民が住みやすく、経済発展しやすくすること」です。
よい公共事業や優れた土木工事を実施するにはプランナー（計画する人）が重要で、家康は世界的にみても有能な土木プランナーといえます。

まとめ

建築分野には安藤忠雄氏や隈研吾氏といった超有名人がいますが、土木分野におけるスーパースターの名前はあまり世の中に知られていません。家康のことを知らない人はいませんが、彼が世界的土木プランナーであることはほとんど知られていないのです。
しかし、それでも土木の偉人たちは「つくったものが国民を守っているならそれでいい」と思っているのではないでしょうか。

関連記事：
【トリビア】平成と江戸時代。同じお城を作るのでも、費用と工期はこんなに違う！
【バブル期の建築物シリーズ④】負の遺産？バブル期の建設したマンションが老朽化する影響とは
【日本の建築史】実は江戸時代からある埋立地は当時どのように作ったのか